むか~しむかし。丸子の里に信仰心の厚い一人の猟師がおったそうな。
ある日いつものように山へ狩りに出かけたんじゃが、その日はなかなか良い獲物が見つからず、どんどん山奥へ入って行ったそうな。すると、どうでじゃろう。一頭の肉付きのいい立派な鹿が、林の中を餌を探しながら歩いているではないか。
猟師は、「しめしめ、これは良い鹿を見つけたぞ。ずいぶん長い間探し回った甲斐があって良かったわ」と息を潜めて矢を放ったのじゃ。その矢は、うまく鹿の背中に命中したのじゃったが、足の速い鹿は背中に刺し傷 を負ったまま一目散に深い山奥へと逃げてしまったそうな。
猟師はすぐに後を追い、暗くなるまで探し回ったんじゃが、とうとうその鹿を見つけ出すことは出来なんだ。「やっと見つけた鹿だったのに、残念なことじゃのう。」と猟師は悔しがり、次の日も傷ついた鹿を探しに山奥へ入っていったそうな。
猟師はあちらこちらと探し、歩き回り疲れ果 て、もうあきらめて帰ろうとしたその時じゃ。木陰の向こうで、背中に矢の刺さったままの鹿が気持ちよさそうに水浴びをしているではないか。
猟師はとどめを刺そうと矢を構え、そっと近づくと…
怪我をしているはずの鹿は何もなかったように元通り気良く走り去って行ってしまったんじゃ。
「不思議なことがあったものじゃ。」と猟師は、近づいてその水溜まりに手を入れてみると、なんと驚いたことにそれはこんこんと湧き出るお湯だったのじゃ。
そして、しばらくすると猟師の前に文殊菩薩様が現れ、「日頃の信仰心の厚いそなたに応えて、湯のありかを教えた。なんじ、この湯を広く世に知らしめよ。」と告げたそうな。
やがて村人たちは、鹿が教えた湯と言うことで『鹿教湯(かけゆ)』と呼ぶようになったそうな。
そして、広く世の人々に「この鹿教湯のお湯につかって、疲れを癒し病気や怪我を治すとよい。」と今日まで大切に言い伝えられておるそうな。
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